~幾野の道の遠ければ~ 月海が日々堕落してゆく日記
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My Merry May with be
2009-04-16 Thu 04:56
個人的に神ゲーなMMMですが、残念なことに全く売れませんでした。

そもそもこのゲームは、ギャルゲでは有り得ないくらいテーマ性を重視しています。それはもうCLANNADが霞むくらい。巷では神ゲーとか言われてるAirにしろクラナドにしろ(実はアニメしか知らないのででかい口言えないのですが)、ギャルゲーにありがちな、日常のコメディシーンや明らかに萌えを狙ったシーンがあるものですが、MMMは冒頭からこのようなシーンが全くありません。

そのように、頭を空っぽにして萌えを楽しむという、普通のギャルゲと同じ楽しみ方がまずできません。ハードカバーの小説を読んでいるかのごとく、専門用語や哲学的なテーマが登場し、更にAの振りをしたB、Cの口調で話すAなど(これはゲームでしかできない演出で好印象)キャラクターの心理状況の推移を追うことができる知的好奇心とかなり高い思考能力が要求されます。

また、日常シーンもあるにはあるのですが、何気ない会話が実は後々の伏線であったり、表面上は「…………」と表示されているのに、実は小声(音量を上げないとまず聞き取れない)でキャラクターが喋っていたりと、全く気を許せないのです。

世界設定もかなり細かく、近未来の日本が舞台ですが、作中は誰もそんなこと言わないけどきちんと地球温暖化されており、日常会話中の「鯵なんて最近じゃ珍しいけど」とか、5月なのにみんな半袖を着ていたりと芸がとにかく細かい。

登場人物もほとんどが成人しており、年配の男性キャラも多い。しかも皆かなり頭がいいので、結果高度な会話が展開されます。

ストーリーは全体を通して暗く重いエピソードの連続で、余裕で鬱ゲーのジャンルに入るほどプレイヤーの精神的な負担が大きく、エンディングも素直にハッピーエンドと呼べるものが非常に少ないのです。

そしてそこらのゲームの数倍はあろうかという長さ。頭を空っぽにして楽しめるストーリーではなく、常に思考能力を働かせてテーマを追う姿勢が、長い物語を通じて要求されます。さらにストーリーも重苦しいもので、鬱ゲー耐性の無い人には精神的な負担がかなり大きい。

このように、普段ギャルゲーに対して抵抗のある私みたいな人がはまってしまう反面、恋愛と萌え重視の普通のギャルゲプレイヤーには非常に敷居の高いゲームとなってしまい、結果(個人的に)神ゲーであるにもかかわらず、全く売れなかった不遇のゲームとなってしまったのでした。

MMMは基本的にSF的で、「人間とアンドロイドの在り方」「魂とは」「生命とは」といった重厚なテーマが主体の、全編にわたって知的なテーマを追求する意志を必要とする、極めて芸術性の強いゲームであると思います。

しかし、非常に硬派なゲームであるにもかかわらずジャンルとしてはギャルゲに属してしまい、萌えを期待するギャルゲプレイヤーには極めてハードルの高いゲームとなってしまいました。神ゲーであるにもかかわらず、全く世間に知られること無く去っていった不遇のゲームですが、私は大好きです。

松岡由貴が日本の声優で一番うまいんじゃないかって思ったのもこれが切欠だったなぁ。
1人3役(それにも理由がある)に加えて、その3人でAの振りをしたB、Cの口調で話すAを演じ分けるというのはすごいなぁと思う。本当にBがAを演じているのを“演じて”いるんですよ。
どの役を演じても同じ声な某人気声優とは大違いだ。
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