~幾野の道の遠ければ~ 月海が日々堕落してゆく日記
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国際法をどこまで守るか
2009-11-29 Sun 10:12
国際法なんて一般市民から見れば大してなじみの無いものですが、一応は国家によって構成される社会を律するための法です。

これは大きく分けて二つあり、一つは「国家と国家の間のお約束」、もう一つは「昔からこうやって来たんだから、これからもそうしましょう」という慣習です。こんなことが法律として機能してしまうんですね。

しかし、国際法は国内法とは異なり、国家が法を破っても、罰する機関が存在しません。国際社会は、(建前上は)それぞれの国家が独立、平等で、国内社会のように、違反者を罰する警察や裁判所は存在しないのです。

しかし、それでも基本的には国際法は守られています。
国際法は約束事ですから、約束を守らなければならないのは道義的に当然のことであり、もし自分が約束を守らなければ、相手も何をするかわからない。その原則はどの国家も同じなわけです。

国は、条約を結ぶことに「合意」したのならば、それらの国家は「当事国」となり、条約に拘束されます。自分たちは相手に条約を守らせるために、こちらも条約を守らなければなりません。また、自分が条約を破ったら、相手の条約の破棄を促すことになります。

しかし同時に、「合意」さえしなければ、「拘束」されることはありません。条約を結ばなければ、相手に約束を守らせることはできませんが、同時に自分が約束を守る必要も無いのです。

国際法は、契約によって成り立つ法です。慣習法もまた、同意しなければ守る必要はありません。この性質ゆえに、国際法は、明文化された法を持つ国内法よりも、不安定で無視されることの多い、時に無力な法ではあります。

しかし、現実世界では強力な後ろ盾が無くとも、基本的には守られています。海外へ行ったり、輸出入をするためには国交が無ければなりませんし、国交は国際法によって成立するからです。
このように、世界中の国家が相互に結びついた現代世界では、国際法は無くてはならないものとなりました。


現実世界ではね。
板の流れが速すぎてついていけない。
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