~幾野の道の遠ければ~ 月海が日々堕落してゆく日記
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レポなんてない
2010-08-10 Tue 09:18
あまりにも疲れててGv出たこと忘れてた……。
詳細はもちろん覚えてない。

てことで時期的にTVはどこも原爆ばかりなのでその辺の話を。
マニアな話なので見たい人だけ。


アメリカ人は今でも原爆投下が無ければ戦争は長引き100万人の人間が死んでいたとか本気で思っているのだけれど、
日本政府は少なくとも45年の5月には降伏の打診をしていたが、米政府によって公式に無視されていた。

事実、44年のかなり早い段階から日本政府内部では完全敗北の受け入れを真剣に検討されており、その内容は台湾と朝鮮の放棄が前提という、戦前のアメリカの要求以上のものであった。45年2月には米国の新聞に日本降伏に関する情報が報道されるレベルであり、5月には日本の完全降伏とカイロ宣言の受け入れを提案していたのに、この案は拒否された。7月、連合国首脳はポツダムに集まり日本の運命を決めることになるが、その時に日本の代表団が和平案を提出することすら許されなかった。日本が占領付き完全無条件降伏のポツダム宣言をただちに検討に入り、当時の6首脳に反対するものは誰もいなかった。

アメリカ内のポツダム宣言の扱いは日本国民を解放し降伏を早めるための戦略というふざけたものだったが、日本での効果は全く逆で、経済条項は漠然としていて、戦争犯罪の追及があまりにも曖昧で広範だったから、ただちに受け入れがたいもので、徹底抗戦派の力を強める効果しかなかった。それでも、6首脳に反対するものはいなかった。しかし、アメリカは日本の首脳陣に徹底抗戦派を説得する時間を与えずに、原爆を軍事施設でもない、徹底抗戦を唱える軍部でもない、二つの都市に投下した。
当時のアメリカは原爆投下を正当化に「日本の独裁体制にショックを与える適切な武器だった」と言っていたが、戦後の公式報告では「そのようなショックは必要なかった」という。

アメリカは現在、「日本が降伏しなければ本土上陸が行われ、米軍だけで100万人の死傷者が出た」と言っているが、それならば何故それだけの命が懸かっていたのに、降伏するつもりの日本のスポークスマンを受け入れて、降伏の用意があるのか確かめようとしなかったのか。同調査によれば、もしポツダムで日本の意向を聴取していれば、ポツダム宣言も原子爆弾も上陸作戦も必要なく、降伏の準備ができていたのだという。

日本政府の頑迷派に圧力をかけるためならば一般市民を蒸発させることも適切な手段であるという言明が、戦争中のプロパガンダだけでなく、戦後65年経った今でも広く容認されているというのはいかがなものであろうか。
ナチスはアウシュビッツ収容所を過剰人口の整理に「適切な手段」であると信じていたが、だからと言ってアメリカはナチスの都合のいいように解釈はしない。アメリカは収容所を犯罪と呼び、それを許したものを犯罪者と呼ぶ。アメリカは他国民の罪だけを告発し、自分達が民主主義の名の下に犯した犯罪は免責されると思っているのだろうか。

例をあげればきりがない。アメリカ人にとって、先住民との戦いは正当防衛であり、メキシコとの戦いは開放行動だったと信じている。パナマをめぐる謀略は運河の安全を確保するための愛国的行為と考えられている。フィリピンの征服には議論もあったが、スペインの支配から開放し、やがて来る自由のために教育するのが目的だったと正当化している。モンロー主義は欧州列強には規制と禁止を押し付けながら、アメリカ自身が領土を獲得することは禁止しなかった。

戦前の日本人がアメリカをどのような目で見たのか、想像に難くない。
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